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私たちの想いconcept

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かなでの理念topimagephilosophy

かなでが
目標とする支援colormission

01.協同的な支援
01.協同的な支援
専門性を持った多職種による職種横断的な協同支援を目指します。利用者さんが抱える様々な課題を解決していくためには、様々な専門性をかけ合わせていく必要があります。

個々人の専門性にとらわれることなく、チームでの広い視野を持って利用者さんを支えていきます。
02.創造的支援
02.創造的支援
利用者さんの本当の意思を汲み取るための想像力を養い、より良い生活を創造していく支援を目指します。
「自分がどのように生きたいか?」という難しい命題に直面した時に、自分ひとりの力で意思決定をできる方はとても少ないです。
私たち専門家が、意思決定のための選択肢を提示して、本当に望む生活に向かっていくための導線をつくっていくことが重要だと考えます。
03.生活につなげる支援
03.生活につなげる支援
利用者さんの生活をより良い方向に変化させていく支援を目指します。
医療者側から見た正しい提案も、それが利用者さんの生活に落とし込んでいくことができなければ、その方の生き方を支えたとは言えません。治療のための情報提供や生活指示に留まることなく、本人の希望と専門家の提案との妥協点を探りつつ、生活を変化させていくための関わりを持ち続けます。

メンバーの想いcolormessage

  • 代表
    (作業療法士)

  • 管理者
    (看護師)

  • 所⻑
    (看護師)

秋山 敬二

秋山 敬二(あきやま けいじ)

代表取締役・作業療法士

Profile

埼玉県出身。作業療法士の資格取得後に回復期病院に入職。 職場の先輩から誘われたことを機に2010年から訪問リハビリのキャリアをスタートする。

その後、様々な運営スタイルの訪問看護ステーションを目にしていく中で、自分たちの理想とする訪問看護ステーションを創っていこうと考えて、2017年に現在の看護師メンバーとの共同設立の形で『かなでケアステーション』を立ち上げる。

Message
病棟で感じた生活者と医療者とのズレ

私が回復期病棟で勤務をしていた際の出来事で、今もなお忘れることができない患者さんがいます。
一家を率いる大黒柱として農業を営んでいた方で、脳梗塞に倒れ、結果として麻痺が残ってしまいました。当時の私は、その方に対し、プロとして可能な限りのリハビリテーションを提供し、退院となりました。しかし、ご自宅に戻られて程なくして、その方が自殺をされたことを知ることになります。

家族の先頭に立ち、畑仕事に向き合ってこられた方にとって、自宅に戻った後に待ち受けていた「介護を受けるだけの自分」という現実とのギャップを受け止めきれなかったのだと思います。
「医療者の考える治療」と「患者さんが向き合っていく生活」にはとても大きな隔たりがあると気付かされた、忘れられない出来事となりました。

在宅をはじめて気づいたこと ー 症状ではなく「生活」にヒントがある

病院から在宅に現場をうつして、私が最も驚いたことが利用者さんの変化の大きさでした。
例えば、それまでは介護生活中心だった高齢の方に「トイレへいく」、ただそれだけの動作回復リハビリをほどこしていくだけで、その方の日常生活は激変していきます。また、生活の中での一つ一つの小さな改善にともない、利用者さんや周囲のご家族の目線も上がっていったのです。
利用者さんを支える現場の最前線は、在宅なのだと私が感じた瞬間でした。

こうした体験の数々から学んだことは、症状を見るのではなく、日常の中から可能性を見出し、専門性をもとに創造し、生活に落とし込むことで、その人らしい生活に近づけることができるということです。

「生ききる」とは

かなでケアステーションの理念である、
【安心した生活のさらにその先へ、わたしたちは「自分らしく生きる」「自分らしく生ききる」を大切にします】
には利用者さんが、「ただ生きる」のではなく「自分らしく生ききる」ことを支えていきたい、という想いを込めています。

生ききるとは、決して生命を維持していくことだけを指すのではなく、その方の尊厳や人生観を尊重し、自分らしく生き抜くことだと考えています。そして、我々医療者・介護従事者が、様々な利用者さんの、様々な価値観や課題に向き合っていくためには、様々な職種の専門家が持つ技術・知識・経験を集約していく必要があります。

地域で活躍する専門家をプロデュースする役割を担い、ひとりでも自分の人生を生ききることができる利用者さんを増やしていくために、『かなでケアステーション』を設立しました。

片桐

片桐 智江

取締役・訪問看護認定看護師

Profile

宮城県出身。看護学校卒業後、大学病院で小児と循環器を経験。結婚後は育児を楽しみながら、療養病院に再就職。小児に関わる仕事をしたいと思い転職活動、在宅で小児看護が出来ることをしり訪問看護の道へ…。訪問看護が楽しくなり、訪問看護認定看護師の学校へ進学。そこで出会った同期と当ステーションを立ち上げ管理者となる。

Message
小児科を志して進んだ訪問看護の道

私の場合、訪問看護をはじめたキッカケも、訪問看護認定看護師を取得したキッカケも、どちらのキッカケも「小児科」でした。小児科に関われる働き方の一つとして興味を持ったのが訪問看護でしたし、小児科を受けられる訪問看護ステーションを増やす手段の一つとして選んだのが認定看護師でした。

現在では、小児科に関わらず様々なご利用者と関わる訪問看護の魅力にどっぷりと浸かってしまった私ですが、訪問看護はとても広い裾野を持った分野ですので、興味を持つキッカケもどのようなところからでも良いのかと思っています。

たくさんの看護師に在宅でのお看取りを経験して欲しい

私はたくさんの看護師に在宅での「お看取り」を経験してもらいたいと思っています。
もちろん、様々なケースに直面する在宅のお看取りでは、穏やかなものばかりではないですし、大変な想いを抱える場面もあります。ただ、例えほんの一握りでも、ご本人もご家族も本当に満たされた中で流れていく在宅でのお看取りは、そこに立ち会った看護師にとってもかけがえのない経験となっていきます。
私が今でも訪問看護を続けられているのは、そういったかけがえのないお看取りに出逢うことができたからだと思っています。

「かなで」に込めた想い

ステーション名にもなった『かなで』という言葉には、私たちの様々な想いが込められています。
まずは「奏でる」こと。
私たちケアチームも、ご利用者やそのご家族も、みんながそれぞれの音を奏でながら一つのハーモニーを奏でるチームになっていくことを願っています。
もう一つは「捧げる」こと。
「奏でる」と「捧げる」は語源としてリンクをしていて、私たち専門職がもつ技術・知識・想いを、ご利用者の人生に捧げていきたいと思っています。

高橋

高橋 敬子

取締役・訪問看護認定看護師

Profile

兵庫県出身。都内の看護学校を卒業後、市民病院の慢性期・リハビリ病棟、大学病院の救急病棟を経験した後、結婚・出産を機として病棟から離れ訪問看護へ転職。その後、いくつかの訪問看護ステーションで現場経験を積んだ後に、立ち上げメンバーの1人として『かなでケアステーション』に参画をする。

Message
小さな子どもがいても働ける職場だった訪問看護

私が訪問看護をはじめキッカケは、「子育て」との「ワークライフバランス」でした。
それまで新卒からブランクなく病棟で働いてきたのですが、2人目の子どもを出産した時に、さすがに子育てと病棟勤務との兼ね合いが難しくなり、日勤メインでの働き方を検討していた際にたまたま目についたのが訪問看護でした。
その後、もう1人出産をして3人の子どもを育てながら訪問看護を続けてきたのですが、「生活圏の近くで働ける」「勤務時間の融通が効く」といった点は、子育てママにとって、とても有り難い環境だったと感じています。
仕事を選ぶうえで子育てとの両立に不安を持たれる方は是非、訪問看護を検討してみた頂きたいです。

訪問看護師になって良かったと感じる瞬間

看護師としての能力を最も発揮できる場所が在宅だと思っています。
それは医療的な処置に限った話ではなく、ご利用者の生活に中に入っていけること、ご家族が一番に信頼をして相談のできるパートナーとなれることなど、私たち看護師が活躍をするための広いフィールドが在宅にはあります。

私たちの訪問を楽しみに待っていてくださる方と出逢えた時、私たちの介入で見違えるように暮らしぶりが変わっていった時、そして、ご利用者が安心してご自宅で過ごされている様子が垣間見れた時、看護師として心からの喜びを感じることができる職場だと思いますよ。

仕事も子育ても勉強も諦めたくない人に

『かなで』では、たくさんの子育て中のメンバーが在籍しています。
そんなメンバー1人1人の、「子育てをしながら仕事もしたい」「仕事をしながら勉強もしていきたい」「勉強をしながらその先のキャリアアップを目指していきたい」といった想いを応援できる職場を目指しています。
私自身も、子育てが大変だった時は周りの先輩方にたくさんのフォローをしてもらいましたし、訪問看護認定資格の取得もさせてもらいました。職員が心身共に健康を保ち、前を向いて働いていくことができるよう、今度は私からメンバーにそのお返しをしていきたいと思っています。

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